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Kamakura Shikyosai キービジュアル

”令和陰陽祭”

A Reiwa festival of yin and yang

Kamakura Shikyosai

疫病退散を祈る、令和の除災の儀式

概要

時は1224年(元仁元年)12月26日。『吾妻鏡』によると三代執権北条泰時は、鎌倉に疫病が流行したことから、六浦、小坪、稲村、山内の四境で陰陽道に基づく除災の儀式「四角四境祭」を執行させた。約800年の年月が経ち、国は再び疫病が蔓延し観光地は大きな経済的打撃を受けた。鎌倉四響祭は街の観光を再び賑わす音楽祭。されど音は無音で賑やかさず、4つ角にて移動する人力車に乗ったDJに人が集い、踊ることで疫病退散を願う令和の除災の儀式。人力車と共にゆるりと歩きながら古都の景観を楽しみ、専用のワイヤレスヘッドホンから響く4名のDJライブを楽しみ、鶴岡八幡宮から真っ直ぐ伸びる天下の参道「若宮大路」を無音の衆が踊り練り歩く。

四角四境祭とは

陰陽道で、疫神の災厄をはらうために、家の四隅と国の四方の境で行った祭祀。また、朝廷で、陰暦6月と12月のみそかに行った鎮火祭と、道饗(みちあえ)の祭り。四角四境の祭り。(コトバンクより) 『吾妻鏡』によると、1224年(元仁元年)12月26日、三代執権北条泰時は、鎌倉に疫病が流行したことから、六浦、小坪、稲村、山内の四境(鎌倉の境界(外側))で「四角四境祭」を執行させた。本作は東京2020オリンピックなどと並びJACEイベントアワードにノミネートされました。

記憶

Gallery

触れると、霧が晴れます。

映像

Films

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鎌倉四響祭